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事業承継の悩み、他人事ではありません
「会社の将来を、誰に、どう託すか」。事業を我が子のように育ててこられた経営者の皆様にとって、事業承継は避けては通れない、そして非常に悩ましい問題ではないでしょうか。元気なうちはつい後回しにしてしまいがちですが、対策が遅れると、取り返しのつかない事態を招くことも少なくありません。
「もし自分が認知症になったら、会社の経営はどうなるんだろう?」
「後継者である子どもに株を渡したいが、経営の全権を今すぐ渡すのは、まだ少し早い気がする…」
「会社のことで、子どもたちの仲が悪くなるのだけは、できる限り避けたい」
このようなお悩みは、決して特別なものではなく、多くの経営者様が抱える共通の不安です。そして、これらの課題を解決する一つの有力な選択肢として、今「家族信託」が注目されています。
突然の判断能力低下…会社の経営が凍結するリスク
経営者であるあなたに、もしものことがあったら。例えば、突然の病気や事故、あるいは認知症によって判断能力が失われてしまったら、会社はどうなるでしょうか。
実は、経営者の判断能力が低下すると、会社の重要な意思決定が滞るリスクがあります。株主である経営者が意思表示できない状態になると、株主総会での議決権行使が難しくなり、役員の選任・変更や融資の実行、重要契約の締結などが進めづらくなることがあります。これは、会社にとっての緊急事態、いわば事業継続の危機(BCP)そのものです。
後継者への株式承継と「経営権」のジレンマ
「いずれは子どもに会社を継がせたい」そうお考えの経営者様も多いことでしょう。しかし、後継者のお子様がまだ若く、経営者としての経験が浅い場合、「財産として株式は渡したいが、経営の舵取りはまだ自分がやりたい」と考えるのは、ごく自然な親心です。
かといって、生前贈与で早々に株式を渡してしまうと、会社の重要な議決権も後継者に移ってしまいます。そうなれば、あなたは経営の第一線から退くことになり、会社の意思決定に関与できなくなるかもしれません。この「財産の承継」と「経営権の維持」のジレンマは、事業承継における非常に大きな課題の一つです。

「争族」で会社がバラバラに…相続トラブルの懸念
もし、後継者以外にもお子様(ご兄弟姉妹)がいる場合、さらに慎重な配慮が必要になります。会社の経営に関わっていないご兄弟からすれば、会社の株式もまた、親の財産の一部です。
万が一、相続が起きた際に遺産分割の話し合いがまとまらなければ、株式が複数の相続人に分散してしまう恐れがあります。そうなると、会社の経営権が不安定になり、迅速な意思決定が妨げられるかもしれません。また、他の相続人から遺留分を主張され、後継者がその支払いのために会社の資金繰りに窮するケースも考えられます。せっかく育て上げた会社が、相続をきっかけに「争族」の火種となり、バラバラになってしまうことだけは避けたいものです。誰が法定相続人になるのかを正しく把握し、事前に対策を講じることが不可欠です。
なぜ事業承継に家族信託が有効なのか?
これまで見てきたような、経営者の皆様が抱える複雑なお悩みを、まとめて解決できる可能性を秘めているのが「家族信託」です。家族信託とは、ご自身の財産(この場合は自社株)の管理・処分を、信頼できる家族(後継者など)に託す契約のことです。
事業承継における家族信託の最大の強みは、株式が持つ権利を「議決権(経営権)」と「財産権(配当などを受け取る権利)」に分離できる点にあります。この仕組みを使うことで、「経営の実権は自分が持ち続けながら、財産としての株式は後継者に託し、承継の準備を進める」という、多くの経営者様が理想とする形を実現できるのです。
【メリット1】経営権を維持しつつ、後継者に株式を託せる
家族信託の契約を結ぶ際、「信託された株式の議決権は、委託者(現経営者)の指示に従って行使する」という「指図権」を定めることができます。
これにより、株式の名義は受託者(後継者)に移りますが、株主総会での最終的な意思決定権は、引き続き現経営者であるあなたが持ち続けることが可能になります。後継者は日々の経営実務を学びながら、あなたはそれを監督・指導する。いわば、事業承継のための「並走期間」や「お試し期間」を設けることができるのです。一度贈与したら取り戻せない生前贈与とは違い、安心して後継者育成に取り組める点は、大きなメリットと言えるでしょう。相続発生時の株式の名義変更手続きもスムーズになります。

【メリット2】認知症になっても事業がストップしない
もし、あなたが認知症などで判断能力を失ってしまったとしても、心配は要りません。信託契約に基づき、受託者である後継者が、滞りなく株主総会で議決権を行使し、会社の経営を続けることができます。
これにより、経営の凍結リスクを回避し、役員の選任や銀行との契約といった重要な経営判断を止めることなく、事業を安定して継続させることが可能です。これは、会社の危機管理、BCP(事業継続計画)の観点からも非常に強力な対策です。成年後見制度は、家庭裁判所が選任した成年後見人等が、本人の利益のために財産管理や契約などの法律行為を代理する制度です。そのため、会社経営に関しては裁判所の関与・監督のもとで慎重な運用となり、状況によっては機動的な意思決定が難しくなることがありますが、家族信託では設計次第でより柔軟に承継・運用を行える場合があります。遺言書では、この認知症対策はできません。

【メリット3】「次の次」まで承継先を指定し、争いを防ぐ
家族信託には、遺言では実現できない、ユニークな機能があります。それは、「受益者連続型信託」という仕組みを使い、二次相続以降の承継先まで指定できることです。
例えば、「会社の株式は、まず後継者である長男に承継させる。そして、長男が亡くなった後は、その子である孫(あなたの孫)に承継させる」といった指定が可能です。これにより、あなたの想いや会社の経営権が、意図しない人物の手に渡ってしまうのを防ぎ、長期にわたって安定した経営の土台を築くことができます。親族間の無用な争いを未然に防ぎ、あなたの築き上げた事業を未来へと繋いでいくための、確かな道筋を描くことができるのです。
事業承継での家族信託、失敗しないための2つの注意点
多くのメリットがある家族信託ですが、設計を間違えると「こんなはずではなかった…」という事態を招きかねません。ここでは、事業承継の場面で特に注意したい2つの失敗例と、その対策について解説します。
【失敗例1】他の相続人への配慮不足で「争族」の火種に
「後継者である長男とだけで家族信託の話を進めた結果、経営に関わっていない他の兄弟から『兄さんだけが優遇されている』と不満が噴出。相続が起きた後、遺留分侵害額請求をされてしまい、結局、裁判沙汰になってしまった…」
家族信託は、法律上、相続人全員の同意がなくても契約できます。しかし、円満な事業承継を目指すのであれば、後継者以外の相続人への事前の丁寧な説明と、納得を得る努力が不可欠です。なぜこの信託が必要なのか、会社の将来のためにどういう想いがあるのかを真摯に伝え、他の相続人には株式以外の財産(預貯金や生命保険など)で配慮するなど、遺留分を侵害しないような財産配分を検討することが、無用な争いを防ぐ鍵となります。
【失敗例2】「節税になる」という誤解で思わぬ税金が発生
「家族信託は節税になると聞いたから契約したのに、後から税務署に指摘され、多額の贈与税を課されてしまった…」
これは、家族信託に関する最も多い誤解の一つです。基本的に、家族信託そのものに直接的な節税効果はありません。特に、財産から利益を受ける「受益者」を、財産を託す「委託者」とは別の人(例えば子)に設定する「他益信託」という形にすると、その時点で贈与税が課税される可能性があります。また、信託した不動産から損失が出ても他の所得と損益通算ができないなど、税務上、特有のルールが存在します。相続税や事業承継税制との兼ね合いも複雑なため、税務に関しては必ず税理士と連携しながら慎重に進める必要があります。
他の方法とどう違う?事業承継における選択肢の比較
事業承継の方法は、家族信託だけではありません。ここでは代表的な「遺言」と「生前贈与」について、家族信託と比較しながら見ていきましょう。

「遺言」による承継の場合
遺言書を使って株式を後継者に相続させる方法は、あなたが亡くなるまで経営権を維持できるというメリットがあります。しかし、最大の弱点は「認知症対策にならない」ことです。あなたが認知症になってしまうと、遺言の内容を書き換えることもできず、会社の経営も凍結してしまうリスクは残ったままです。また、相続が発生するまで後継者の立場が不安定であり、遺留分トラブルの可能性も依然として残ります。
「生前贈与」による承継の場合
生前贈与は、後継者に確実に株式を渡せるというメリットがあります。しかし、その一方で、一度贈与してしまうと経営権を完全に手放すことになり、原則として取り戻すことはできません。「後継者が期待通りに成長してくれなかった」「経営方針を巡って対立してしまった」となっても、後の祭りです。また、一度に多くの株式を贈与すれば、高額な贈与税がかかる可能性もあります。
事業承継の第一歩は、専門家への相談から
ここまで見てきたように、事業承継における家族信託は、非常に強力なツールであると同時に、その設計には高度な専門知識と細やかな配慮が求められます。インターネットの情報や書籍だけで判断し、自己流で進めることは、思わぬ落とし穴にはまる危険が伴います。
大切な会社と、愛するご家族の未来を守るために、まずはお一人で悩まず、専門家にご相談いただくことが、成功への一番の近道です。私たち司法書士は、あなたの会社の状況や事業への想いを丁寧にお伺いし、最適な解決策を一緒に考えさせていただきます。
司法書士はあなたの会社の「かかりつけ医」です
私たち司法書士は、単に手続きを代行するだけではありません。経営者様の想いに寄り添い、会社の未来を一緒に考える「パートナー」でありたいと考えています。
例えば、ご家族が集まる会議に同席して家族信託の仕組みを分かりやすくご説明したり、後継者以外のご兄弟への説明をサポートしたりすることも可能です。また、税務に関しては税理士、労務に関しては社会保険労務士といった他の専門家とも連携し、チームであなたの事業承継をバックアップします。
名古屋高畑駅前司法書士事務所は、この地域に根差し、経営者の皆様にとって「かかりつけ医」のような、身近で頼れる存在でありたいと願っています。どうぞ、安心して、あなたの会社の物語をお聞かせください。
