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家族信託における「指図権」とは?基本的な仕組みを解説
家族信託を検討される経営者様や不動産オーナー様から、「財産の管理を子に任せたいが、重要な決定権まで手放すのは不安だ」というお声をよく伺います。このお悩みを解決する強力な選択肢が、家族信託における「指図権(さしずけん)」です。
指図権とは、一言でいえば「信託財産の管理や処分について、受託者(財産管理を託された人)に対して指示・命令できる権利」のことです。通常、信託された財産の管理権限は受託者にありますが、この指図権を信託契約に盛り込むことで、委託者(財産を託した人)などが、信託が始まった後も財産の重要な意思決定に関与し続けることが可能になります。
つまり、日常的な管理は受託者に任せつつ、重要な判断については指図権者が関与できるようにする仕組みです。
指図権の法的な位置づけと役割
ここで重要なのは、指図権が信託法に直接定められた権利ではないという点です。指図権は、当事者の希望に応じて信託契約書の中に個別に創り出す、いわば「オーダーメイドの権利」です。この自由度の高さこそが家族信託の大きな魅力であり、同時に専門家による適切な契約設計が不可欠である理由でもあります。
指図権の主な役割は、以下の2つに集約されます。
- 委託者の意思を信託財産管理に反映させる: 元気なうちに信託契約で定めた方針を、信託財産の管理に反映させやすくなります。
- 受託者の権限を適切にコントロールする: 財産管理を任された受託者が、経験不足や判断の誤りによって独断で重要な財産を処分してしまう、といった事態を防ぎます。
これは、財産の分け方や使い方を一方的に定める遺言とは異なり、信託開始後の流動的な状況にも対応できる柔軟な財産管理を実現するための重要な機能と言えるでしょう。
「指図権」と「同意権」の違いとは?
指図権とよく似た権利に「同意権」があります。両者は受託者の権限をコントロールする点で共通しますが、その性質は大きく異なります。この違いを理解することが、適切な信託設計の第一歩です。
- 指図権(積極的な権利): 指図権者が受託者に対し、「~せよ」と積極的に指示・命令する権利です。
例:「A不動産を〇〇万円以上で売却せよ」と指示する。 - 同意権(受動的な権利): 受託者が行おうとする行為に対し、「同意する・同意しない」という意思表示をする権利です。
例:受託者が「A不動産を売却したい」と提案してきた際に、その提案に同意を与える(あるいは与えない)。
つまり、主導権が指図権者にあるのが「指図権」、受託者の提案に対する拒否権というかたちが「同意権」とイメージすると分かりやすいでしょう。どちらがよりご自身の希望に沿うかは、財産の種類や後継者との関係性によって異なります。例えば、遺言書作成の際にもこうした将来の財産管理に関する想いを付言事項として残すことはできますが、法的な拘束力を持たせて具体的なアクションをコントロールできるのが、これらの権利の強みです。

【事業承継】自社株信託で経営権を維持する指図権のメリット
多くの中小企業の経営者様が直面する課題が事業承継です。「後継者である子に会社の株式は承継させたいが、自分が元気なうちは経営の最終決定権は手放したくない」。このジレンマを解決する上で、指図権は有効な選択肢となる場合があります。
自社株式を信託財産とすることで、株式の所有権(財産権)と経営権(議決権の行使)を分離し、信託設計によって、株式の管理や議決権行使に関する権限と、株式から生じる経済的利益の帰属を分けて設計できる場合があります。
議決権行使をコントロールし、段階的な事業承継を実現
事業承継における指図権の最大のメリットは、「議決権行使のコントロール」にあります。
信託契約により、会社の株主名簿上の株主は後継者(受託者)となります。しかし、役員の選任や解任、定款変更といった会社の根幹に関わる重要な議案を決議する株主総会において、「受託者は、指図権者である現経営者の指示に従って議決権を行使しなければならない」と定めることができるのです。
これにより、以下のような段階的で柔軟な事業承継が可能となります。
- 後継者の経営手腕をじっくり見極める期間を設ける。
- 日常的な経営は後継者に任せつつ、M&Aや多額の資金調達といった重要な経営判断には関与し続ける。
- 将来、自分が完全に引退するタイミングで指図権を消滅させ、経営権をスムーズに後継者に移行させる。
このように、現経営者の影響力を保持したまま、株式の名義変更を進めることができるのは、指図権を活用した家族信託ならではの大きな利点です。

万が一の認知症リスクに備え、経営の停滞を防ぐ
経営者にとって、認知症による判断能力の低下は会社の存続を揺るがす重大なリスクです。もし経営者が認知症になり、保有株式の議決権行使に支障が生じると、株式保有割合や定款の内容によっては、役員の選任・再任や重要事項の決議に支障が生じ、経営判断が滞るおそれがあります。
このリスクに対し、指図権を用いた家族信託は非常に有効な対策となります。信託契約書にあらかじめ「指図権者(現経営者)が認知症などにより判断能力を喪失した後は、受託者(後継者)が単独で議決権を行使できる」と定めておくのです。
こうすることで、万が一の事態が発生しても、契約内容に沿って後継者が議決権を行使できる余地が生まれ、経営判断の停滞を抑えやすくなります。これは、いざという時に備えて遺言書を用意しておくことと同様に、会社と従業員、そして家族を守るための重要な経営判断と言えるでしょう。
【不動産管理】賃貸経営の重要判断に関与する指図権のメリット
指図権は、事業承継だけでなく、アパートやマンションといった収益不動産の管理においても非常に有効です。不動産オーナー様が抱える「日常の管理は子どもに任せたいが、大規模修繕や売却といった重要な判断は、自分の目が行き届く範囲に置いておきたい」というニーズに的確に応えることができます。
認知症による資産凍結のリスクを回避しつつ、オーナー様自身の長年の経験や意思を賃貸経営に反映させ続けるための手段として、指図権の活用はますます注目されています。
大規模修繕や売却など重要事項の決定権を留保する
賃貸経営における指図権の具体的な活用シーンとして、重要事項の決定権をオーナー様自身が留保するケースが挙げられます。
例えば、信託契約で次のように定めるのです。
「日常的な家賃の集金や入居者対応、小規模な修繕は受託者(子)の判断で行える。しかし、以下の重要事項については、必ず指図権者(親)の書面による指図がなければ実行できない。」
- 300万円を超える大規模修繕工事の契約
- 金融機関からの新規の借り入れ
- 管理会社の変更
- 信託不動産の売却や、新たな担保の設定
このように指図の範囲を具体的に定めておくことで、経験の浅い後継者が独断で高額な契約を結んだり、不利な条件で大切な不動産を売却してしまったりするリスクを防げます。これにより、オーナー様は安心して日々の管理を任せることができ、将来の相続も見据えた円滑な資産承継の準備を進めることが可能になります。
空室対策や賃料設定など、経営方針への関与を続ける
指図権は、財産の保全に関する判断だけでなく、収益性の維持・改善に関する判断についても、オーナー様の意思を反映させるために活用できる場合があります。
例えば、以下のような経営方針に関する事項についても、指図権の対象とすることが可能です。
- 空室対策として行うリフォームの具体的内容と予算
- 周辺の家賃相場に応じた賃料の改定
- 新たな入居者の選定基準や保証会社の利用方針
これにより、オーナー様が長年の賃貸経営で培ってきた経験やノウハウを、信託が始まった後も活かし続けることができます。単に財産を生前贈与するだけでは実現できない、継続的な経営への関与を通じて、不動産ポートフォリオ全体の価値を維持・向上させていくことが期待できるのです。管理に困る不動産を手放すといった最終判断も、ご自身の意思で行うことができます。

【最重要】指図権を設定する際の注意点と知っておくべき限界
ここまで指図権の多くのメリットを解説してきましたが、この仕組みは決して万能ではありません。専門家として、その注意点や限界についてもお伝えする責任があると考えています。安易な設計は、かえって家族間のトラブルを招きかねません。以下の点を十分に理解した上で、慎重に契約内容を検討することが極めて重要です。
注意点1:受託者の責任とモチベーション低下のリスク
指図権をあまりに強力にしすぎると、副作用が生じる可能性があります。
何から何まで指図権者の指示に従わなければならないとなると、受託者は単なる「指示待ち」の状態に陥り、財産管理や経営に対する主体性や責任感が希薄になってしまう恐れがあるのです。これでは、将来を託す後継者を育てるという目的が達成できません。
また、法的な観点からも、「指図権者の指示に従って行った行為の結果責任は、一体誰が負うのか」という難しい問題が生じる可能性があります。指図権は、あくまで受託者の権限を補完し、監督するためのものです。受託者の存在意義を失わせるほどの過度な制約は設けず、両者の権限のバランスを適切に保つ設計が求められます。
注意点2:指図権者自身の判断能力低下という将来リスク
見落とされがちですが、非常に重要なのが「指図権者自身の認知症リスク」です。
指図権者が認知症などによって適切な判断ができなくなってしまった場合、その指図権の存在が、かえって受託者の迅速な意思決定を妨げ、経営の足かせとなってしまう可能性があります。「指図がなければ動けない」状態が、経営の停滞を招いてしまうのです。
このリスクへの対策として、信託契約書に「指図権の消滅事由」を定めておくことが不可欠です。例えば、「複数の医師の診断書など、客観的な基準に基づき、指図権者が意思能力を喪失したと認められる場合には、指図権は消滅し、以後は受託者が単独で信託事務を遂行する」といった条項を設けます。これは、将来起こりうるトラブルを未然に防ぎ、遺言では対応できない不測の事態に備えるための、専門家ならではの重要なリスク管理策です。
注意点3:指図の範囲が不明確だとトラブルの原因に
信託契約書を作成する際、「すべての信託事務について指図権を有する」といった曖昧な定め方をすることは絶対に避けるべきです。このような包括的な規定は、どの事項まで指図権が及ぶのか解釈が分かれ、後日、受託者との間で「これは指示されるべきことではない」「いや、これも指示の範囲だ」といった深刻なトラブルに発展する火種となります。
対策は、指図権が及ぶ対象行為をできる限り具体的にリストアップして契約書に明記することです。例えば、以下のように特定します。
- 信託不動産の売却、担保設定、賃貸借契約の締結
- 300万円以上の工事請負契約や売買契約の締結
- 信託された株式にかかる役員の選任・解任議案への議決権行使
このように範囲を明確化することで、解釈の余地をなくし、円滑な信託運営を可能にします。
信託契約書における指図権の条項設計と専門家への相談
それでは、実際に指図権を信託契約に盛り込むには、どのようにすればよいのでしょうか。ここでは具体的な条項例をご紹介するとともに、専門家へ相談することの重要性についてお伝えします。
【条項例】事業承継・不動産管理における指図権の定め方
以下に、これまで解説してきた内容を踏まえた信託契約書の条項例を2パターンご紹介します。これらはあくまで一例であり、実際には個別の状況に合わせてカスタマイズが必要です。
<条項例1:事業承継(議決権行使)>
第〇条(議決権の行使に関する指図)
1.受託者は、信託財産であるA株式会社の株式に関する議決権を行使するにあたり、あらかじめ指図権者〇〇に議案の内容を報告し、その指示に従わなければならない。
2.前項の規定にかかわらず、指図権者が意思能力を喪失したと診断された場合、指図権は消滅し、受託者は自己の判断で議決権を行使することができる。
<条項例2:不動産管理(重要財産の処分)>
第〇条(重要財産の処分等に関する指図)
1.受託者は、次に掲げる行為を行う場合、あらかじめ指図権者〇〇の書面による指示を得なければならない。
(1) 信託不動産を売却、交換、または担保に供すること
(2) 契約金額が300万円を超える工事請負契約を締結すること
2.(消滅事由に関する条項は例1と同様)
これらの条項設計には、将来起こりうるあらゆる可能性を想定した専門的な知見が不可欠です。
まとめ:最適な信託設計は司法書士にご相談ください
この記事では、家族信託における「指図権」の仕組みと、事業承継・不動産管理におけるメリット、そして見落としてはならない注意点について詳しく解説しました。
指図権は、ご自身の意思を財産管理に反映させ続けながら、円滑な資産承継を実現するための非常に有効なツールです。しかしその一方で、権限のバランスや将来のリスク管理を怠ると、かえってトラブルの原因にもなりかねません。そのため、指図権はメリットとリスクの双方を踏まえて設計する必要があります。
あなたとご家族にとって本当に最適な家族信託を設計するためには、法律と実務の両面を踏まえて、専門家に相談しながら設計を進めることが重要です。
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